うちわの話。というか私の2017年の話。

2007年、年子の妹とお金を出し合って買っていた「ちゃお」に、10人の、私より少し年上の男の子が出てきました。修二と彰松潤しか知らなかった私に、その人たちがみんな「ジャニーズ」の人たちなんだと教えてくれたのが、Hey!Say!JUMPでした。JUMPきっかけでジャニーズ事務所の存在とグループの繋がりを知りました。

2009年、友達に強火二宮担がいたこともあり、嵐の10周年を熱狂的ではなくとも意識的に見届けました。「ジャニーズのグループにとって、10周年は節目の1年、特別な1年である」ということを、非ジャニオタの小学生はしっかりと認識しました。

 

その後はテレビの露出に合う形で嵐の番組を中心に見たりしていました。その間に1人抜けました。そのうちに勉強と部活でいっぱいになり、完全にジャニーズから離れることになりました。(まあもともとFC入ってなかったしドル誌さえ買ってなかったし、ライブはお誘いを含めてジャニーズか否かを問わず行ったことがありませんでした。)

 

2015年8月1日、嵐にしやがれ出の伊野尾担になりました。当時の私は受験生でした。テレビのリアタイなんてできないし、自分が勝手に好きになったものは自分のお金で楽しむと決めていたので、FCは高校卒業後バイトを始めるまで入りませんでした。

そんな受験期の間に、カウコンで京セラドームからの中継を見ました。ビッシリ埋まった客席と、割れんばかりの歓声と、Hey!Say!JUMP。ものの数十秒の中継で、京セラが世界一幸せな場所なんじゃないかと思わされました。素直に、JUMPと年越しできるなんていいなぁ、と考えてました。

「私も来年はライブに行ってみたい。来年年越したら10周年になるんだ…」

私は次の年も京セラドームで中継になるもんだと思っていました。それならテレビで一緒に年越しはできないから、絶対に入りたい、年越した瞬間に「10周年おめでとう」って真っ先に伝えたい、と思いました。それならうちわを作るしかないと思いました。理想がどんどん大きくなっていきました。

 

2016年11月2日、JUMP垢を始めて、初めて相互さんに会いました。その人はプラスチックのスプーンに、公演に行けない人の名前を書いて会場に入ろうとしていました。これが忘れられませんでした。

翌日のオーラスで、来年のツアーファイナルに行きたい気持ちが大きくなりました。

 

2016年12月9日、大きく膨らんだ理想が現実になることが確約されました。ダメ元で申し込んだカウコンが当たったのです。「10周年に突入する瞬間に立ち会える」と考えただけで震えが止まりませんでした。そして、前々から考えていたうちわを作りました。

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両面、今実物と見比べると余計に綺麗で淡白です(笑)

年越した瞬間に2枚目にクルッと裏返しました。ずっとずっとこれがやりたかった。席なんてどうでもよかった。 1枚目は開演1時間だけのために作ったし、それ以外の現場ではもちろん1度も使いませんでした。それでも、年越した瞬間に10周年おめでとうって伝えることが夢でした。夢を叶えました。

話の時制を少し戻します。大晦日、物販の列で相互さんのスプーンを思い出しました。「せっかく当たったカウコン、どうせならたくさんの人と一緒におめでとうって言いたい。」そんな気持ちが大きくなって、私もまねてうちわに名前を書かせていただくことにしました。なんだか寄せ書きみたいでいいなあと思いました。

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名前を書かせてくれる方を募集したら、数名の方からお返事を頂きました。油性ペンで書いてあるのがカウコンの時に書いたものです。

 

今年しかこのうちわは使えないんだ、だから、今年はこのうちわしか持たない。

10周年は後にも先にも今年しかないんだから、今年はこのうちわしか持たない。

 

って、ずっと1年間思い続けてオタクしてました。

 

2017年1月16日、圭人担になる。ここから圭人担の相互さんが多くなりました。というか、圭人担の相互さんはほとんどうちわを作ってから、2017年になってからの繋がりだった気がします。(カウコン時のうちわの伊野尾担率)

 

2017年6月15日、カウコンで寿命を迎えたはずの自名義がまた夢を叶えました。札幌オーラスが当たりました。もう嬉しさ通り越して恐ろしかった。同一本人名義でカウコンとツアーオーラスを、しかも同じ年に当てるなんて聞いたことがなかったから。

 

アリーナもドームもいろんな場所に出向いては相互さんとその連れの方を巻き込んで、名前を書いてもらい(書かせてしまい)ました。何回か会ったのに名前を書いてほしいと言えなかった相互さんもいたのでそこは申し訳なかったです。

 

2017年9月9日、地元公演で、ついに届きました。通路横で、緑のワンピースを着ていた私は、指を差された気がしました。その人は、自分のファンを見つけて優先的にファンサする人でした。周りのファンはその人の担当ではありませんでした。つまり同担がいませんでした。私は、その人が私に指をさしてくれたと確信しました。

けいとりんが、私の、例のうちわを見つけて、指をさしてくれました。

ファンサしてもらったこと、自担が私のために時間を使ってくれたことも嬉しかったけど、それ以上に、JUMPのメンバーに、あのうちわで、気持ちを伝えられたことが1番嬉しかった。

 

それ以前もそれ以降も、ファンサされたとか目に留まったとかはありませんでした。ただ、視界に入っていたらそれでいい。そんな気持ちで、毎公演うちわを持っていました。

 

2017年12月30日、私の10周年の現場納めでした。連番させてもらった相互さんとそのお友達、入場直前にご挨拶させてもらった圭人担の方に「そのうちわ知ってる!見たことある!」と言われました。思った以上に知られていてびっくりしました。みなさん快くお名前を書いてくださいました。ありがとうございました。

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文字の隅っこは剥がれかけ、黒地の部分も少しですが剥がれ、メンカラのハートも色が取れてきています。なんなら京セラで完全に1が取れちゃった。前半で載せた写真と見比べてみてほしいです。

 

こんなにぼろぼろになるまで使うなんて思ってもなかった。

こんなにたくさんの人に名前を書いてもらえるなんて思ってもなかった。

 

 

 

 

たくさん幸せになれた10周年だった。

たくさん夢が叶った10周年だった。

10周年、最高だった。

 

ずっとずっと、応援させてください。

 

 

 

10周年おめでとう